研究室では、マイクロ波を利用した化学反応を開発され、その技術を分子生物学や新素材合成などへの応用を研究され、マイクロ波をいろんな分野で活用されていらっしゃいますね。その中で、マイクロ波のどういう扱い方が理想ですか?
~マイクロ波をインテリジェンスに使う~
マイクロ波は、物を温めるという意味では炎と同じですが、多くの情報を瞬時に伝送できるぐらい質の良いエネルギーだから、他の質の悪いエネルギーと同じように使ってはもったいないですよ。マイクロ波が物質によって熱に変わる前に、マイクロ波として利用できればベストなんですよ。もちろんマイクロ波を熱源としての利用も重要ですが、あえて質の良いマイクロ波をそのまま使えれば、最大限にマイクロ波の恩恵を受けることができるわけです。バイオや生物分野でインテリジェンスな使い方の事例が増えてきていますが、これはいい傾向ですね。熱を必要としない分野へマイクロ波が恩恵を与えた成功例だと思います。
逆に、あえて熱で使うなら、質の高い熱としての使い方がいいと思いますよ。そのような恩恵を得やすいものは生物反応や高品質な材料合成などです。また、熱としてなら炎ではできないような「狙った所を加熱するとか」や「スポット的な温度差をつける加熱」の様なインテリジェンスな使い方をすることができれば最高ですね!!
上智大学でも、有機や無機材料を取り扱っている多くの研究室でマイクロ波装置が使われています。また共同研究先の企業は数十台のペプチド合成装置を購入したと聞きました。みんな便利だから、道具として使うには重宝しますよね。ただ、電子レンジのように道具として飽和してしまうと、マーケットの縮小や、それに伴う技術革新の低下につながってしまうと思います。だから、マイクロ波化学の研究者は新しい現象や使い方を絶えず学会や論文を通して発表すべきです。「私たちは止まってはいけないんですよ!!」。
食品加熱と異なって、マイクロ波化学や材料プロセスはものすごくやることが多いと思います。そもそもプロセス工学や物理現象がよくわかっていないので、その辺の整備もやる必要がありますね。戦術と戦略をもって長期戦を勝ち続けることで、まだまだマイクロ波の可能性は広がります。
半導体発振器についてお詳しいとお聞きしました。よろしければ、お聞かせください。
~マイクロ波加熱の新しいデバイスの可能性~
ここ数年、マイクロ波加熱応用分野への半導体発振器の利用動向の情報収集を行ってきましたが、「性能」や「コスト」が激変して良い方向に向かっていますね。特にアメリカやヨーロッパの動きは急速に進んでいますね。数年前までは、1Wあたり1万円と言われていた気がしましたが、数百ワットで数百円を目指している企業もあることを聞きますよ。ガリウムナイトライド(GaN:ガン)を使った半導体発振器は効率が向上しており、政府機関でもだいぶ注目しているようですね。
半導体発振器のメリットを考えるのは我々の仕事で、基礎研究の部分でちゃんと固めて、こういうケースでは半導体、こういうケースではマグネトロンといった取説を作る必要があります。同じマイクロ波源なんだから対立する必要はなく、相乗効果を狙うべきだと思います。
半導体発振器の具体的な活用法があれば教えてください。
~ドローンで植物にマイクロ波を散布?~
水素を身近なエネルギーとして利用するための試みとして、触媒を用いて有機物に水素を貯蔵したり発生させたりする有機ハイドライド法が知られています。これにマイクロ波を利用すると革新的に効率が上がるんですよ。ただし、触媒のごく表面で放電が発生し瞬間的に1000℃程度まで上昇(ホットスポット)してしまい、触媒が死んでしまうという課題もあるんです。その対策の一つに半導体発振器を活用することでホットスポットの抑制をすることができるんです。半導体発振器を使うことで詳細な最適出力を設定し、場合によってはビーム方向を操作する事で触媒を均一に加熱する事が出来るようになるんです。均一加熱によって、触媒を高寿命にする事が出来て、さらに高効率で水素を発生する事が出来るようになりました。
植物の研究にも役に立っているんです。植物にマイクロ波をある成長段階で1度だけ短時間、マイクロ波を照射すると、成長速度が2~3倍になり、乾燥や熱にも強くなることを発見したんです。
植物は生き物なのでデリケートなマイクロ波照射が必要です。ちゃんと植物の気持ちを理解して照射してあげないとダメなんですよ(笑)。
こんな時は半導体発振器がうってつけですね。小さいからドローンにつけて、肥料散布の代わりにマイクロ波散布なんかもできますよ(笑)。もともと植物は、電磁波である太陽光の波長に合わせて進化をしてきているわけですね。同じ電磁波だけど波長だけが違うマイクロ波は比較的植物と馴染みやすく「良い刺激」になったんだと思います。
初めて、マイクロ波化学装置を見たとき、導波管やアプリケーターが、やけに仰々しくて驚いたことを覚えています(笑)。もちろん必要だからそうなっているわけですが、技術の進歩によってこの辺は改善されるべきだと思っていました。最近、複数台の半導体発振器を用いて空間位相合成を行い、「導波管フリー」、「アプリケーターフリー」の化学反応実験を京都大学と共同で行いました。だいぶ、スマートなマイクロ波化学システムができたと思います(笑)。このようなことも半導体発振器でないとうまくいかないんですよね。
マイクロ波の新しい技術はこれからも生まれ続けると思いますか?
~一般の人のニーズを取り込んだイノベーションの期待~
一昔前までは、企業側が新しい技術に対して積極的だったんですが、最近ではそれがなかなか難しい面があり、新技術を世に広めるハードルがさらに高くなった感じがします。そういう意味では一般の人たちに興味を持ってもらうことは重要だと思います。最近、電子レンジのテーマでのテレビの出演が多くなりました。本業ではないのでなるべく出演回数を制限して、ほかの方に振るようにしていますが、それでもよく来ますよ。案外、テレビ業界ではマイクロ波がブームなのかもしれませんね(笑)。
出演を受ける時は、1/3がマイクロ波の原理で、例えばターンテーブルがついている電子レンジとついていない電子レンジの違いは?とか言った、電子レンジの箱の中で何が起こっているか?への興味です。1/3は、マイクロ波を使って何ができるの?得する事は無いんですか?といったアプリケーションに関する事で、例えば電子レンジで食品がおいしくなる?とか、手間が省ける?といった内容です。残りは、研究紹介で新しい電子レンジの紹介や電子レンジ植物の育成促進ができるなどの話です。予想を反して、最後の1/3に対して一般の人から多くのツイートなどがあるので、皆さんの興味は新技術のようですね。マイクロ波への興味が社会に広がり、新しい文化につながるマイクロ波のアイディアが生まれればいいですね。
お弁当の新しい温め方の技術を構想されているとお聞きしました。よろしければ、内容を教えてください。
~新しい食文化を提案~
電子レンジにスマートフォンを繋いで、そこに映ったお弁当の画像をみて、加熱したい場所を選択するだけで、その部分だけを選択的に加熱する事ができます。例えば、サラダや漬物はそのままで、ご飯やおかずだけ温める事ができます。「インテリジェント調理器具(電子レンジ)」という名前を勝手に言っています(笑)。冷食メーカ、お弁当屋さん、コンビニ、スーパー等のユーザーさんに使っていただいて、これだったらこういう商品ができますよと言った提案を頂いているところです。
この技術に関しては、物珍しさだけで終わってはいけないと思っており、正に新しい食文化をコンビニとか、そういう所から発信したいとの思いが有ります。電子レンジによるお弁当の加熱は便利ですが、個性はありませんよね。熱いものは熱いまま出す。冷たいものは冷たいまま出すことは、料理の基本ですし、そこに個人の好みが加われば、作る側と食べる側の感情が入った弁当に生まれ変わります。また、「今月の温め方ランキング」や「あの芸能人はこう温めた」といった情報もスマホアプリで見れるようになれば面白いですよね(笑)。
先生が期待される今後のマイクロ波技術と将来展望についてお聞かせください。
~マイクロ波を一つの学問領域へ~
何でマイクロ波を使うのですか?といった時に、やっぱりマイクロ波らしさとかマイクロ波の特殊効果みたいなものが有ると、何か新しい事が出来るのではないか?というのが入り口の人が多いと思います。その時に運よくそういう“もの”に巡り合った、私もたまたま運が良かったのですが、そういう人たちが研究を継続していると途方に暮れてしまう事が多いのです。なぜかと言うと、現象が解らないから。そこで現象を追いかけようとすると相手がマイクロ波という電気の分野だから、これまた全然何が何やら? 本を読んでも何が書いてあるのやら?
私もそうなんですけど、そういう人たちに対応するために、マイクロ波工学の人(ここは歴史あるマイクロ波の学問分野だと思いますが)、マイクロ波物理の人、マイクロ波化学の人、マイクロ波生物の人、が融合した「マイクロ波サイエンス」というものを一つ学問領域で作って、それがそういう難題に対して回答していくような一つのプラットホームを上智大学の時限付き研究センターを作る予定です。2016年中にはオープンするために準備を進めています。
マイクロ波加熱やマイクロ波化学の分野での日本の技術・学問は間違いなく世界トップレベルです。そして欧米や中国に追われている立場ということも忘れてはなりません。「マイクロ波サイエンス」は日本がビッグビジネスを掴むためのきっかけになることを期待しています。
堀越 智(ほりこし さとし) | ||
上智大学 理工学部 物質生命理工学科 准教授 明星大学大学院修了 博士(理学)、文部科学省フロンティア事業地球環境保全センター 博士研究員、上智大学助教、東京理科大学准教授を経て、2011年4月から現職 | ||
東京理科大学客員准教授 東京学芸大学非常勤講師 (独)科学技術振興機構研究 成果最適展開支援プログラム専門委員 (独)日本学術振興会 第188委員会電磁波励起反応場委員会 幹事 日本電磁波エネルギー応用学会 理事 チェコ王立科学技術委員会 評価委員 Journal of Microwave Power and Electromagnetic Energy Editor Chemical Engineering Editor Advances in Materials Science and Engineering Editor | ||
http://pweb.sophia.ac.jp/horikosi/index.html (研究室HP) | ||
主な著書 | ・高分子化学 | |
・Microwaves in Catalysis: Methodology and Applications [WILEY,(2015)] | ||
・エネルギーハーベスティング [日刊工業新聞、(2014)] | ||
・環境化学工学 [日刊工業新聞、(2014)] | ||
・マイクロ波化学 [三共出版、(2013)] | ||
・図解メタマテリアル [日刊工業新聞、(2013)] | ||
・図解よくわかる電磁波化学 [日刊工業新聞、(2012)] | ||
・Microwave in nanoparticle synthesis [WILEY、(2013)] | ||
趣 味 | ・世界の料理を作ることと、世界の料理を食べること。 | |
・駆け抜ける喜びを感じながらドライブすること。 | ||
・ゴルフを楽しむこと(仲間募集中)。 |